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2008年10月07日

宮古テレビ30周年 -SINCE 1978-


島のニュースや地域の話題を送り届けたり、好みに応じたたくさんのチャンネルで楽しませてくれる島のテレビ、宮古テレビが放送を開始して今年で30年という大きな節目を迎えました。
また、9月20日には宮古島市陸上競技場を会場に、「宮古テレビまつり」と題した野外イベントを開催し、たくさんのお客さんを集めて30周年を祝いました。
宮古テレビ30年間のあゆみと供に、池間作一 専務取締役と、与那覇昇 常務取締役のお二方にお聞きした当時のエピソードをまとめてみました。


1978年5月1日 宮古島有線テレビ株式会社(宮古テレビの前身)がテレビ放送を開始。
産声をあげた宮古テレビですが、当時のチャンネル数はわずか1チャンネルでした(現在の9ch)。そのラインナップはキー局の人気番組が系列を問わず並ぶ、当時の離島の電波状況(民放の電波は、先島までは届いていませんでした)を物語る状況に加え、島内のニュースや情報などの自社製作番組も配信しており、ある意味とても豪華なラインナップだったそうです。

1979年 「MCTVアワー」が放送を開始。
1980年 自主制作番組「家庭訪問」がCATV番組コンクールでグランプリを受賞。
1982年 「週刊テレビAGANNYA(あがんにゃ)」がスタート。
「MCTV」は当時の社名を略称した冠番組で、現在の「ニュースライナー」の前身となる島のニュース番組がスタート。
また、日本一の視聴率を誇るといわれている、宮古テレビの大人気番組「週刊テレビAGANNYA(あがんにゃ)」も始まり、すでに黎明期にして二大看板番組を確立していました。

1983年6月 伊良部島に佐良浜局が開局。
佐良浜局の開局によって、これまで宮古島内(平良地区)だけだった放送区域が伊良部島へ広がりました。当時はまだ伝送系統が未整備だったため、佐良浜局は同時放送ではなく、通常番組は一週間遅れのタイムテーブルで放送されていたそうですが、即時性の高い島のニュース番組は、宮古地区での放送が終了したあと、急いでテープを船の最終便に積み込み、伊良部島で当日に放送をするという日々を重ねていたそうです。

1985年4月 初めて全日本トライアスロン宮古島大会のテレビ中継を開始。
まだまだ中継機材も整っていない中でのチャレンジで、幌つきのトラックを利用して移動中継車を手作りしたり、中継の終了したカメラを別の現場へ急いで移動させて少ない機材のやりくりするなど、さまざまな困難を局をあげての努力で乗り切ったそうです。
中でも最大の危機は、スイム会場の東急リゾートで中継の準備している最中に、謎の電波干渉で画像が乱れるの事件が発生。徹夜で干渉する電波を特定して、どうにか問題が解決したのはスタートの号砲が響く寸前だったそうです。
原因は中継用にホテルの屋上まで張ったケーブルが、アンテナのような効果を生み、偶然にもロラン局(船舶や航空機が洋上で航行位置を把握する為の電波を利用した航行システム。GPSへの移行が進み、宮古島のロラン局は2005年3月末で廃局)の電波と同じ波長になってしまい、予期せぬ混信を招いたのでした。混信をしないようケーブルの長さを調節するアイデアで問題をクリアし、トライアスロンの中継を成功させました。
またこの年(10月)、全国に先駆けて23Ghz伝送設備がメーカーの協力を得て完成し、佐良浜局が同時放送が開始されました。しかし、この宮古-伊良部間の伝送電波は、ミリ単位の調整が必要なのだそうで、送受信いずれのアンテナが少しでもずれていると不具合になるというとても繊細なものでした。

1988年11月 社名を現在の宮古テレビ株式会社に変更。また、下地地区へ放送エリアを拡大。
1989年3月 上野、城辺地区の一部へ、放送サービスを開始。
1990年12月 多良間局が開局し、多良間島への放送エリアを拡大。
1993年12月 RBC・OTVの先島地区へ放送開始に伴い、宮古テレビでの両局の放送が終了。
1997年10月 自主制作番組「島語り・島の声」が、CATV番組コンクールでグランプリ受賞。



2001年4月 新世代地区デジタルハイビジョン放送を開始。
地上デジタル放送への切り替えをにらんで設備を対応。また、ケーブルのインフラを活かしてインターネット事業を開始し、全日本トライアスロン宮古島大会のインターネット中継がスタート。

2003年11月 多良間島へ全チャンネルの同時送信を開始。

以前の佐良浜局と同様に、1990年に開局した多良間局も週遅れのタイムテーブルで放送をしていました。ニュース番組も1日遅れで航空機によるテープの搬送をしながらの放送となっていて、悪天候で航空機が飛ばない日などは、ニュースではなく代替番組を放送する苦肉の策を強いられていたそうです。

2004年4月 池間島への放送サービスを開始し、遂に宮古地区全域での視聴が可能となる。
2006年 IP電話のサービスを開始。
2008年5月 宮古テレビ開局30周年を迎える。

放送開始当時、わずかに1チャンネルだった放送サービスも、アナログ放送38チャンネル、デジタル放送73チャンネル、総計111チャンネルの充実したラインナップに増え、また今後、地上アナログ放送が停波を迎える2011年に向け、宮古テレビの加入者であれば地デジ対応テレビへの買い替えなどをせずとも、そのままのテレビで地デジを見ることが出来るサービスを開始しており、変革するテレビ事情とあわせ、島のテレビ局として親しまれている宮古テレビにこれからも目が離せません。


記事中に挿入した画像は、取材の際に宮古テレビへ潜入を果たしたので、滅多に入れない島のテレビ局の内部を撮影紹介してみました。コンパクトな作りの局内でしたが、やはりそこは“業界”っぽさがして、いるはずもないのですが、なんか有名芸能人が出てきそうな雰囲気がありました(笑)。
(文+写真+編集:モリヤダイスケ 取材協力:宮古テレビ)

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Posted by あんちーかんちー編集室 at 09:00│Comments(0)TrackBack(0)あんちーな特集

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