reef sound -来間島歳時記- №012

あんちーかんちー編集室

2011年03月04日 09:00


冬から春にかけて季節が移り変わるこの頃、パッチワークのようにつながった島の畑は、日一日と色彩を変えていきます。サトウキビ畑はハーベスターで刈りとられ黄土色のパーガラだけが残り、野焼きの炎に覆われた後には、黒い燃えかすと褐色の大地に変わるとトラクターで耕され、カボチャが植えられたりと日毎に様相を変えていくのです。そんな大地の色の変化を空にポカリと浮かぶ雲に寝転がって、天空から眺められたら素敵だろうなあ・・・。
しかし、そんな願いは叶うわけもなく、今年に限っては事務机とパソコンが連なる部屋の小さな窓から、季節の変化を感じる私でした。と云うのも、ひょんなことから宮古島の企業さんに3ヶ月ほどではありますが、お勤めをさせていただいていた私だったのであります。
これを機に、初めて3歳の長男を宮古島の保育所に預け(来間島には保育所がないので)、長女は幼稚園が終わると、弟と同じ保育所の学童保育に通うことになったのでありました。
仕事は9時から6時の勤務のオフィスワークの毎日で、私がサラリーウーマンになったことで農家生活は一変。朝から朝食の準備に弁当作り、洗濯にゴミだしとフル回転。寝起きが悪く動きもスローペースな子どもたにも朝から雷を落とし。泣き叫ぶ息子を無理矢理に保育所へ預けて、職場まで車をすっ飛ばす。そして職場の階段をかけあがる頃は息切れしまくりだ。
仕事が終われば一目散に保育所へ向かい、子どもを迎えて洗濯物を取り込み、畳んで、しまって、片付けけて、夕飯の支度と帰ったら息をつく暇もない。時には、野菜の出荷の準備や袋詰めもあり、もうてんてこ舞いだ。ご飯を食べて、お風呂に入ればあっというまに寝る時間、9時になっている。帰ってきてから眠るまで、たった3時間しかない。ゆっくり話す時間もなけりゃ、家事に忙殺されて、あまりのせわしなさにイライラが募るばかり。世の中のワーキングマザーってホントにすごいとつくづく感じたのでありました。

宮古では共働き思考が強く、小さな子どもを預けて働くワーキングマザーが沢山います。私は子どもが一歳になったころ、「子どもを預けて働け」と周りからさんざん云われたものです。「子どもは学校(ここでは保育所の意味)に行ってない?」「あんたは毎日子どもとまわってけど何をしてる?」この数年、島のおばぁたちに一番聞かれた質問だ。どうも島では、一歳になったら子どもを預けて、親は働きに出るという風潮が強いようであった。
だが沖縄、特に離島では、仕事がないというのが大きな悩みのひとつでもある。特に小さな子どもを抱える女性の職探しは難航をきわめている。保育所の送り迎えに支障をきたさない時間(9時~5時)で働けて、土日祝祭日は休みなんて仕事はめったとお目にかからない。その上、年齢制限もあったりで、35歳以上となると、ことのほか厳しいのだ。やっとで見つけても、面接で聞かれるのは「お子さんが病気になった時には預け先はありますか?」、「残業はできますか?」。この問いかけにYESと答えられなけりゃ、仕事を得るのは難しいのが現実だ。結婚や出産が、女性が新たに仕事をするのにこんなにもハンデになるなんて・・・。

やっとで仕事を見つけたワーキングマザーの次なる関門は、保育所探し。うちの場合は、三歳児でもあったため比較的窓口は広く、簡単に近くの保育所を探せましたが、0歳児などの低年齢になるとになるとなかなか探せないらしく。待機児童は、全国的にも問題のようですが、ここ宮古もまた然りといった所のようです。
そして、次なる難関は、子どもが保育所に慣れるまでの日々。やっぱり、子どもは泣くわけですよ。それを心を鬼にして、胸がちぎれる思いで子どもを預け、足早に保育所を立ち去り職場に向かうわけです。母の心は揺れ葛藤を繰り返し、子どもも幾日かすると諦めるのか合点するのか、段々と泣かなくなるんですけどね。うちのは未だに毎朝「いかなーい」と泣いてますが・・・。
それでも子どもたちは、それなりに保育所生活を楽しんではいるようで、「あがいたんでぃ、レモンティー」と園で流行ってるギャグや、楽しんごのモノマネを覚えてきては見せてくれています。
もう、子どもには子どもの時間があるんだなあと、「どどすこすこすこどどすこ」、と叫ぶ子どもたちを見て染々と思う私でした。子どもが親を100%必要としてくれる時間って、ほんのわずかなんですね。子ども過ごす時間が圧倒的に減ってしまってから、初めてそれに気付きました。思えば保育所に入るまでは、子供たちにとっては畑が遊び場で学びの場でもあった。飽きることなく畑の土で山を作っては崩し、蝶々を追いかけ走り回り、お腹が空いたら採れたてのフルーツはなによりのおやつだった。

これからも子供と一緒に過ごせる僅かな時間を、私はやっぱり畑で家族で過ごしたいなあ。畑の学校でいっぱいいっぱい一緒に学んでいけたらなあ。
3ヶ月のテスクワークを終えて、2月末に久しぶりに畑に立った。土や花の香り、ぼうぼうに生えた雑草からの精気、どこかの畑から風に乗って聞こえてくる島歌、いとおしい野菜たち、大地の鼓動が感じられるこの場所が、私の生きる場所だと実感したのでした。

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砂川葉子(すなかわようこ)
1975年生まれ 岐阜県出身。
2000年に宮古・来間島へ来島。縁あって農家の「嫁」となり、徳さん(ダンナ)、娘(4歳)、息子(2歳)の4人で力をあわせ、のんびり楽しく島に根付いた暮らしをしています。
徳さん(ダンナ)
生まれも育ちも来間島のダンナは、良くいえばマイペース。明日、地球が滅亡するっと世界中がパニックになっていても、ふらっとひとりで釣り(特にイカ釣りに熱中)に出かけてしまうような人。

「来間島・徳さんちのごうら畑」
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「来間島・徳さんちのごうら畑」 てぃーだBlog
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【お知らせ】
1年間12回分、さまざまな来間島の香りを届けてくれた、農家の嫁のコラム「reef sound -来間島歳時記- 」は今回をもって終了となります。ご愛読、ありがとうございました。
尚、葉子さんのオリジナルBlogでのつぶやきはまだまだ続きます。

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(文+写真:砂川葉子 編集:モリヤダイスケ)
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