富名腰集落 [島AP×島AP 003]

あんちーかんちー編集室

2008年12月12日 09:00


島の“字”を訪ねる散歩の旅。ローカルにのんびりと島時間で楽しむ旅を提案する「島AP×島AP」。今回やって来た集落は、平良地区の“字”西里“大字”富名腰(ふなこし)です。
間切時代には西里村(砂川間切)だったこともあり、平良港から宮古空港を越え、旧城辺町境の野原越し(中休み)に至る、細長く続く広大な範囲を占めています。
あまりに広い“字”西里なので、今回はその中の“小字”にあたる富名腰を訪れました。畑に囲まれた集落とは異なり、家並みの続く市街地に埋もれた“小字”なので、その規模が判りづらい点はありますが、とても魅力的な集落が広がっていました。

[間切 -まぎり-]
琉球王朝時代の県に相当する行政単位だが、面積的には市町村程度の規模。1907年(明治40年)に施行された島嶼町村制により廃止。

※地図をクリックすると大きくなります。地図を広げてお楽しみ下さい。
 
宮古島市平良“字”西里“大字”富名腰は、島的なイメージからすると、周辺は往来も多い幹線道路が走る新興市街地。少し格好よくいえば宮古の新都心と呼べそうな、発展著しいブックボックスのある場所です。しかし、そんなエリアも一歩奥へと踏み込むと、意外な発見もたくさんあり非常に面白い味わいのある集落でした。


早速、ブックボックスとファミマの間の道から、富名腰へと潜入してゆきたいと思います(地図右上からスタート)。最初に現れたのは真新しいマンションでした。まず最初の発見はマンションの駐車場脇に飾られた手形のレリーフ。この手形はマンションのオーナーさんが建設記念に作ったものでしょうか?
それからマンション名の下にある石敢當の文字が、白舟篆書(はくしゅうてんしょ)のようなフォントが使われていました。マンションのあるカーブの周辺には、いくつか石敢當が集中しているのですが、T字路の突き当たりでマズムン(魔物)を退けるいわれている石敢當の正面には、道らしいものはなく人家の入口があるだけ、、カーブの曲がり具合で設置されている雰囲気でもありません(魔物はカーブを曲がりきれないので)。以前、草むらの前にある妙な石敢當のことを尋ねた際に、ここには古い道があると聞かされたので、もしかしたら今はもう目に見えない道が、その石敢當の前にあるのかも知れません。それとも向かいの人家はマズムンが住んでいるのでしょうか?

歩みを進めましょう。マンションをあとにして次に現れたのは、ブーゲンビレアが咲き誇る美しいアーチでした。こちらのお宅は草木がお好きなようで、庭はかなりのボリュームで様々な草木に占められていました。
このお向かいで、また不思議なものを発見です。どうやらアパートのようなのですが、なぜか一階なのに「202」と書かれたドアがありました。それもやたらと薄っぺらい箱モノで、人など住めそうな雰囲気はありません。よくよく観察すると他にも20x号と書かれたドアが一階部分にあり、二階の住人専用の倉庫ではないかと勝手に推理してみましたが、真実はドアの向こう側です。

南西方向(左へ)に小さな畑も点在する住宅街の中をまっすぐ進んでゆくと、うっそうと茂った木々の中に廃車が埋もれていました。正規の処理をせずに放置されている車を見かけることは何気に多いですが、こんなところにもあるなんて・・・。
気を取り直して"字"の中心である「富名腰公民館」を訪問。都市型?の公民館だけにサイズは小さめですが、広場部分は公園を模しておりコンクリートの滑り台や廃れた遊具が設置されています。そして天を突くように伸びるヤシが公民館のシンボルとして目を惹きます。

公民館の角向かいに蓋をされた古井戸がありました。やはり水源は集落の中心になるようです。ここからテリハボクの並木に沿って西へちょっと寄り道してみます(地図左上へ)。
テリハボクの並木の間にバスタブを見つけました。パスタブに天水を貯めて畑の散水に使えるよう再利用した逸品で、排水口にはコックとホースが取り付けられています。これはエコというより、生活の知恵といったところでしょう。
この先にはマンションやアパートなど集合住宅が多いようです。派手な外装のコインランドリーがとっても目立っていました。あまり先まで行くと表通りに出てしまうので、そろそろ公民館方面へ戻ることにしましょう。


公民館の隣に古いスラブヤーがありました。倉庫のようですが、屋根の部分に菱形が三つ描かれています。三菱?これは屋号なのでしょうか?なんかちょっと格好いいです。
ここにも脇道があるので、また寄り道をしてみました。するといきなり「番犬注意」看板が飛び込んで来ました。近づいたら看板に偽りなく、吼え見知らぬ訪問者に犬が警告をしてきました。番犬のいるところは一時預かりの託児所「ひまわりルーム」で、家族旅行の中にもパパとママだけの時間を楽しもうというスタイルを提唱する託児所だそうです。

さらに先へ進むと、白・黄・橙・赤と色を変化させ"七変化"と呼ばれるランタナの生垣が、鮮やかに咲き誇っていましたが、そこでこの"寄り道"は唐突に終わります。道が行き止まりになってたのでした。しかも、擁壁に挟まれた道幅の分だけ、明らかに埋められています。高低差は2メートル近くあり、上を覗き込むと電柱が並んでいるので、道はあるようですが、なぜか道はここでぷっつりと途切れていました。


元の道へ戻って先に進みましょう(地図下へ)。美容室、カラオケ店など、いくつかのお店が出てきたかと思えば、忽然と農地が広がり、ロール(干草)がどーんと鎮座していたりと、まさに都市化の波の真っ只中といった雰囲気です。
そんな中、またまた脇道が出て来たので、またまた寄り道です。ずらりと住宅が立ち並んでいているにもかかわらず、未舗装の砂利道が奥まで続いていて、どことなく昭和的な匂いが漂っている気がしました。

ちょっと寄り道が過ぎているので、少しスピードアップしましょう。角に手入れの行き届いた「健康広場」と名づけられた公園らしき広場がありました。しかし、最初に見つけた入口にはチェーンがかけられ、入場を拒んでいます。先に進んでみると、その理由がはっきりとしました。この健康広場は私設の公園で、近隣のオジィやオバァがお金を出しあって整備した憩いの場であるという看板が掲げられていました。想像するにグランドゴルフ好きが嵩じて、きっとこういう場所を作ってしまったのでしょう。


先ほど道端にロールがあったので、もしやと思いましたが、やはり牛小屋がありました。小さな牛舎ですが10頭近くの宮古牛が飼育されています。このあたりはまだまだ昔のままの富名腰集落の姿が残っているようです。
次に見えてきたのは自動車修理工場でした。その軒先に見慣れぬシルエットの車が一台。
シトロエン2CVじゃありませんか!フランスの名車が宮古島にあったなんて驚きです。今はナンバーもなく廃車になっていますが、優美なボディ曲線は今でも充分に通用する秀逸なデザインです。やや興奮気味ですが、「ルパン三世 カリオストロの城」の冒頭で、逃亡するクラリス姫が乗っていたあの車です!。いやぁお宝です(笑)。

左手に牧草地を見ながら北東(上へ)へと向かいます。するとススキを綺麗に束ねた謎のモニュメント?を発見。ススキは地面から生えたままで、それをぐるっと紐で縛ってまとめてあります。お月見でもしたのでしょうか?。それともなにか宗教的な意味があるのでしょうか?。どこか謎めいて見えます。
再び、牛舎が現れました。牛舎の壁に黒いペンキでなにか言葉が記されています。かなり薄れていて読み取るのに時間がかかりましたが、どうやら「はいといえる よい子を育てよう」という標語のようです。「はい」と鳴く牛に育てるって事ではなく、きっと子供に向けた標語なのでしょうが、集落のあちこちに、こうした標語が壁に直書きされていました。
角を曲がると、今度は庭付き一戸建てのプレハブで、放し飼いにされている鶏がいました。その中に一羽だけ、ものすごく体格のいい雄鶏がいます。きっとこいつがボスに違いありません。

さて、いよいよ富名腰集落の散歩もラストスパートです。舗装こそされていますが区画はあまりそろっておらず、あとから道へと昇格させたような、どことなく畦道のような微妙な曲がり具合の道に、畑と住宅がほどよく混在しています。
やがて十字路へと出ると、そこだけ取り残されたような小さな林がありました。どことなく御嶽がありそうな雰囲気ですが、気づかなかっただけなのかもしれませんが、それらしきものは見つけられませんでした。
その脇に未舗装の道がひと筋伸びています。この道は表通り(警察署の通り)へと出られる、地図にも書かれている立派な道のはずなのですが、周囲の荒地と同化して道ですらなくなっています。その途中、一本の立ち木に「駐車禁止」の小さな看板が貼られていました。確かに一応は、道なので駐車禁止を促したいのでしょうが、ここにどうやって車を停めるのでしょうか。最後の最後で、またも謎が残ってしまいました。


予想外に盛りだくさんな内容で、思わぬ大作となってしまいましたが、「富名腰」の旅はいかがでしたでしょうか?わずかに道を一本、奥へと進んだだけなのに、面白い発見と驚きが隠れていました。次はぜひ、地図を片手にアナタの目線で、富名腰集落を散歩してはいかがでしょう。小さいけれどアナタのアンテナだけに響く、楽しみがきっと見つかるはずです。

※すべての集落は島の方々が生活を営んでいる大切な場所です。集落を散策する場合には、必ずマナーを守り楽しみましょう。
(文+写真+編集:モリヤダイスケ イラスト地図製作+写真協力:山田光)
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