旅のスタートは国仲交差点(地図右下)から始めましょう。この交差点は伊良部島を東西に走る県道90号と、南北に貫く県道204号が交差しています。まずは県道90号を東(頭上は上に)向かって散歩です。
拡幅されて歩道も整備された県道は、佐良浜港と下地島空港を結んでおり、主要地方道に指定されています。
最初に見つけたのは謎の茂み。道路拡張でセットバックした、その先にこんもりと茂っていました。これは御嶽があるんじゃないかなと、近づいてみたら人様のお家のお庭でした(かなり荒れ果てていたけど)。
その向かいにある集落の中心部へ続く筋に、平屋建てながらちょっと大きな作りで、軒を覆うようにテントの庇がぐるりとありました。今は骨組みだけが残っていますが、もしかしたらここは何かの商店だったのでしょうか。
やがて大きな通りと交差する交差点に到着しました。この道も県道204号で、スタート地点の204号のバイパス。集落を避けるように作られており、ほぼ完成しているようですが、まだ全線が204号の指定を受けていないようです(Google Map参照)。
県道204号のバイパスへと曲がります。松の街路樹の右手は伊良部中学校のグラウンドがありますが、塀に囲まれていて中を見通すことは出来ません。
集落の左手奥に怪しい謎のタワーを発見しました。かなりの高さがあります。気になるので、近づいてみることにします。
タワーに近づくために、次の角を左に曲がります。角はマニラヤシが盛んに茂っている家がありました。これだけ植わっているので、どうやら庭木というりは造園業のようです。
集落内の細い道を進み、行灯型の街灯のある四辻を更に左折して、タワーを目指します。
タワーの正体は、
沖縄セルラー電話(auで唯一の地域会社)の無線基地局のアンテナでした。看板にはしっかりキャラクターの
auシカがいました。
タワーの謎解きをしたので、街灯のあった角まで戻って、集落内を南に進んでみましょう。右手には畑が広がっていました。集落の真ん中にもかかわらず、ひと区画まるまるが畑になっていました。
続いて現れたのは、なんとも絵になる白い小さな一軒家。「ビューティー ポピー」と書かれた看板が掛けられた美容室です。なんとなくですが、島は集落の人口に比べて美容・理容のお店が多い気がしませんか?。あくまでもなんとなくですが・・・。
南に向かうに従って、心持ち街並みが少しにぎやかになって来ました。絶品の黒糖カステラの店「
ナガサキ屋」が見えてきました。ここの黒糖カステラは黒糖好きなら、一度は食べておきたい逸品です。
更に進むと、あっという間に県道204号に出てしまいました。左手にある民宿「まるよし」は、食堂も営業しており、ボリューム満点なことでも有名ですので、お腹を空かせて行きましょう。
県道を進むより、集落内の方が面白そうなので、ひとつ北側の通りに移動します。その角にある「粟国商店」は、白い壁面に大きく「氷」と書かれ、作りこそ今風ですがいわゆる「まっちゃ」風の商店でした。
期待を持って分け入った集落内の通りですが、予想に反していまひとつ食指を動かす見物のないまま、再びパイパスへと抜けてしまいました。
南に向けて折り返す前に、伊良部中学校の校庭が覗ける場所があったので、広い校庭を眺めてみた。校庭のすぐ北側は広大なサトウキビ畑が、どこまでも続くかのように広がっています。
集落探訪に戻ろう振り返ると、真っ直ぐな集落内の道の遥か先に、下地島が見えました(画像では小さすぎて判りづらいですが・・・)。余談ですが、この日は下地空港でタッチアンドゴーの訓練が行われており、下地島の上を飛ぶ飛行機の姿を見ることが出来ました。
ほぼ格子状に区画されているこのエリアの国仲集落も、やや外れに近い位置する通りなので、住宅宅の奥(北側。画像では進行方向と逆に撮っているので、左側)は、どこも畑が占めていました。
またまた県道204号へと抜けると、島唯一の公共交通機関である共和バスのバス停がありました。その名も「ヤング理容店前」。宮古島でもそうですが、「ほがらか理容館前」や「ヨナハ理容館前」と、理容店系のバス停が印象的なこともあって、美容・理容のお店が多いと感じるのかもしれません。
県道204号を横切って、西側にも少し足を伸ばしてみます。小さな坂を登ると、伊良部で一番のお洒落なカフェと噂の「
insula cafe」があります。しかし、ランチ営業は今日もクローズ。実はこれまで何度か訪れているのですが、残念ながら未だ入店が出来ていません(HPによるとランチ営業は夏場の平日のみとなっているようです)。
カフェのそばに大きな樹が茂る御嶽らしき場所がありました。御嶽かとうかの詳細は不明ですが、このすぐ脇にブロックで作られたごみ置き場らしきものが設置されていました。御嶽だとしたらちょっと残念な作りですね。
続く路地の四辻へと出たら、小屋の影に島APではお約束の古井戸がありました。サトウキビ畑をバックに洗濯物がなびいていて、とてもフォトジェニックな古井戸でした。
次に目に入って来たのは「ヤング専用駐車場」。感のいい読者はすでにお判りと思いますが、看板のままだとしたら、この駐車場に車を停められるのは「ヤング」な人だけってことになりますね(笑)。
駐車場の主は路地を挟んだ向かいにある「ヘアーサロン ヤング」でした。そしてここにバス停が出来た頃は、間違いなく「ヤング理容店」だったはずです。
そろそろ国仲集落を巡る、島APの散歩の旅もラストスパート。県道204号をスタート地点の交差点に向けて進みます。「ヤング」の並びにある日用雑貨の「手登根(てどこん)商店」は、子供たちが入れ替わり立ち代りやって来ては、小遣いでお菓子などを買求めていました。
ゴールの国仲交差点も目前までやって来ました。まだ新しい雰囲気のある伊良部郵便局がありました。ここは
伊良部唯一の風景印が設置されています。
郵便局の隣、交差点の角になにやら石碑が建てられていました。碑銘は「公共教育発祥ノ地」とありますが、それ以外の情報は記されておらずはっきりしません。伊良部島最初の学校があった場所なのでしょうか?。
国仲交差点に到着したので、いつもなら島APのゴールとなるところですが、交差点の向かい側が気になったのでちょっとだけ延長戦。まず交差点を渡って気づいたのは、塀に隠れて交差点からは気づかなかったコンクリート瓦の民家。すっきりとしたただすまいがなかなか素敵です。
民家の向かいは伊良部島で唯一のパチスロ店。交差点を挟み「公共教育発祥ノ地」の碑と対角線にあるあたり、意味ありげな気もします(笑)。
交差点を越えた先も県道204号ですが、ここから幅員が狭くなっています。公民館のような施設があったので覗いてみました。施設は「女性・若者等活動促進施設」というずいぶんと長い名前でした。どんな施設なのかネットでちょっと調べてると、沖縄県農林水産部の
新山村振興等対策事業(“にいやまむら”ではなく、“しん・さんそん”なのは云うまもない)というもので、1億2000万円の事業費がかかっているそうです(施設としては集会ホールのような感じでした)。
この施設の前庭に、いくつか石碑がありました。ひとつ目は「五ヶ里道開?記念碑」。五つの集落(佐和田、長浜、国仲、仲地、伊良部の五集落か?)を結ぶ道が開通した事を記念しているのでしょうか?。村會議員13名の名前が書かれていました(碑文のひと文字が難しくて読めませんでした)。
ふたつ目は「下地島~那覇間 定期便就航記念碑」。昭和55(1980)年11月1日に南西航空(現・JTA)が下地島空港に定期便が就航したことを記念していますが、平成6(1994)年に利用率が低く、運休となってしまいました(2007年にエアトランセがエアードルフィンとの提携で、下地=那覇間に不定期便を開設したが、3ヵ月足らずで運休となり旅客航路のない空港に)。
三つ目は「伊良部“村”役場跡」。伊良部村役場の跡地としての記念碑なので、碑文には村役場があった期間が書かれており、「自:明治41(1908)年4月1日(島嶼町村制の施行日)、至:昭和56(1981)年2月8日」とあります。伊良部町の町制施行は昭和57年(1982)年4月1日なので、現在は合併して宮古島市伊良部総合支所となっている、旧・伊良部町役場へはひと足早く、ここから移転したのだと思われます。そして跡地に「女性・若者等活動促進施設」が建てられているということになります(但し、新山村振興等対策事業は平成に入ってから行われています)。
ぶらぶらっと、いつもよりもかなり緩めに伊良部島の字、国仲集落を散歩の旅をして見ました。
特筆するような古い街並みが残っているわけではありませんでしたが、島を縦横に貫く街道が交差する交通の要所で、島の役場や学校があった古くからの中心的な場所だったようです。
やはり集落名の国仲は、「国=集落・島の、仲=中心」という意味なのかもしれません。っと、もっともらしい言葉で今回の旅を締めくくっておきましょう。
※すべての集落は島の方々が生活を営んでいる大切な場所です。集落を散策する場合は、必ずマナーを守って楽しみましょう。
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(文+写真+編集:モリヤダイスケ イラスト地図製作:いけますわこ)