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2009年02月10日

宮国優子の「思えば宮古」 第壱號

宮国優子の「思えば宮古」 第壱號
我達(ばんた)が宮古島をDEEPに綴る、「かんちーな企画」に待望の新しいシリーズが登場です。
あの「読めば宮古」 「書けば宮古」の編著者、さいが族酋長の宮国優子が贈る、『思えば宮古~あららがま パラダイス コラム~』の新連載がスタート。第壱號は悠久の時をさかのぼり、壮大な博愛の物語にせまるプロローグ。

※     ※     ※

『博愛は美談 ~宮古とドイツ・未知との遭遇~』 巻の壱

学生時代「何かひとつ授業受けなくてもいいよ」と言われたら、私は迷わず歴史の授業を選ぶ。私を教えてくださった先生方、ごめんなさい。いまだ「泣くようぐいす平安京」止まりでございます。
そんな私が宮古の文化や歴史について連載します、という時点で「うわぁーすぐ(お前は何してるんだ」とお叱りの声を受けるでしょう。
あがぃ、のーすーでぃが(どうすればいいんだろう)
宮国優子の「思えば宮古」 第壱號
で、でもね。今頃気付いたのです。私、歴史が嫌いなわけじゃない。まったく自分の生活と結びつかない脈絡がない感じが苦手だったのです。今頃、歴史が好きになり始めました。それもこれも、何故かドイツ商船ロベルトソン号のおかげです。先生、ここから教えてくださっていれば、私はかなり優秀な生徒になったかもしれません。嘘です。
 

宮国優子の「思えば宮古」 第壱號そう、ロベルトソン号の話は、知る人ぞ知る、宮古島の博愛美談。
私も平一小学校時代は『♪~はっくあいびっだん さっきかおるぅ(博愛美談 咲き薫る)~♪』と校歌で歌い、旗を振っていぃばぁして(喜んで)踊ったものです。二千人の生徒が振る、四千の日の丸旗と旭日旗。
30年前とはいえ、ちょっと怖いものがありますが。ロベルトソン号座礁以降、軍国主義の香りが脈々と100年後もあったわけです。今、思えば歴史というものはこうして継がれて行くのですね。

話を戻しましょう。修身の教科書にも載ったというこの話。なんと明治6年。西暦1873 年というと136年も前です。まだ、ぴーつき゜(※1)が当たり前の世の中で、みんな国民というより島民として生きていた頃(いや、今もか・・・)。日本政府が統治し始めた頃で、風俗も中国文化が色濃く残っていた日々。うちの曾祖母カマドばあちゃんが産まれるちょうど10年前なので、うっすら想像がつく。私は彼女の洋服姿を一度も見ることがなかったからである。髪型も死ぬまでカンプゥー(※2)だった。そして手には青黒い様々な形のぴーつき゜がありました。星、四角、米印、無数の点々。呪術めいて神々しい、よく働く手だった。
宮国優子の「思えば宮古」 第壱號
そんな頃、ロベルトソン号は世界を航海し、せっせとお茶を運んでいたのでありました。しかし、台風銀座の我が沖縄宮古海域。きっと想像を絶する荒波にもまれてしまったのです。そして宮国沖に座礁。ウルカ(砂川)にも近かったらしいですが、それはやはり宮国の人たちの方が見渡せる場所だったので有利であったのでしょう。
※ロベルトソン号座礁地点はコチラ

荒れ狂う波に見たこともない大型船。宮古にスペースシャトルみたいなもんでしょうか。島民は右往左往します。で、見えるのは死にものぐるいの赤い髪で碧の目の人々。だから人食い人種だと思ったんですね。そんな記述があります。笑えます。それで部落の全女性を避難させたという記述も。
あっちから見たら、よっぽど宮古の人の方が怖いに違いないのに。絶対今の宮古人より色黒だったと思うんだよなぁ。で、あの方言。きっと威嚇したと思われてもおかしくないはず。
しかし、遭難した彼らは背に腹はかえられず、命乞いを必死でお願いし、荒れ狂う海のなか三艘のサバニでようやく脱出。
宮国優子の「思えば宮古」 第壱號
骨折や死亡した者もいたようなので、命からがらの彼らは、島民の手厚い看病に心を打たれ、感謝の涙を流しました。
そしてドイツの皇帝も知ることになり、わざわざ石碑を贈り、博愛美談は語り継がれ・・・。

しかーし(大声)、いろいろ調べた結果、それだけではなかったようです。

余計なことばかり書いたから、字数が全然ないじゃないかー。んなまー うすか(今日はこれまで)。
しまいがみ ゆみふぃー たんでぃがーたんでぃ~(最後まで読んでくれてありがとうございました)。
あつかー、またやー(じゃ、また今度)。

※     ※     ※

※1 ぴーつき゜(針突)
沖縄全体では主にハジチと呼ばれる。女子の手の甲に施す刺青のことで、竹針で突く、今風に言えばタトゥー。時代、地域、個人で形も大きさも違う。「魔よけ」 「成人の証」 「結婚適齢期の証」 「グショー(後生)にいけるように」 「大和、中国に連れて行かれないため」など諸説ある。『宮古史伝』 慶世村恒任著(1976年)によると「一種に信仰に立脚したもの。貞淑なる婦女の表層として社会的価値を生じ、一種の装飾ともなった」。また「神に合掌する手が白は不吉」と思われたと言う。宮古では十三歳の盛大な祭典とともに針を入れ始めたと言われている。
宮国優子の「思えば宮古」 第壱號
※2 カンプゥー
頭の上部で結い上げる沖縄独特の髪型。

[参考資料]
『宮古史伝 復刻版』 慶世村恒任著(1976年)
『上野村誌』 上野村役所(1958年)
『上野村誌』 上野村役所(1978年)
『平良市史』 平良市史編さん委員会(1979年)
『日独交通資料』 財団法人日独文化協会(1935年)

※     ※     ※

宮国優子(みやぐに・ゆうこ)
1971年生まれ。旧平良市下里で生まれ育つ→アメリカ遊学→時代劇制作会社→脚本家事務所→フリー。東京で宮古毎日新聞嘱託記者17年目。書籍のライティング・企画編集・取材・インタビュー・書評・コラム・コメント・出演・コピーライティング・映像企画制作・ナレーション原稿まで、何をやってるか本人もわかっておりません。島のまっちゃ(小売店)のように細々とこなす日々です。何はともあれ、宮古病患者を増やすべく日々啓蒙活動中。宮古島関連では「読めば宮古」 「書けば宮古」(ボーダーインク)の編著者・さいが族酋長です。他にも『沖縄の島遊び』(JTB出版) 『島へ』(海風社)など多数。宮古島方言マガジン「くまから・かまから」ライターとして8年目です。「東京の沖縄人」 新垣譲著(ボーダーインク)では、何故かインタビューされてます。若すぎて、アホ丸出しです・・・。

※さいが族酋長・宮国優子へのメッセージや質問、感想、コラムテーマなどお寄せ下さい。
※サイドバーの「お便りはくまんかい(お便りはコチラから)」まで!。

(文:宮国優子 写真+編集:モリヤダイスケ)





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Posted by あんちーかんちー編集室 at 09:00│Comments(6)思えば宮古
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「博愛美談」ドイツ商船ロベルトソン号遭難事件【あんちー かんちー 沖縄・宮古島から発信のウェブマガジン!】at 2009年03月20日 09:00
この記事へのコメント
おっ!宮国優子さんの新連載が始まったのですね!
本日偶然、こちらへおじゃまして拝読したのも何かの縁でしょうか。
応援しております、そして、博愛美談咲き薫った後日談(巻の弐)も
アップされるのを楽しみにしております。
Posted by 前幸地 at 2009年02月10日 10:58
とても興味深く読ませてもらったよ・・・面白すぎる!博愛美談に人食いかと思ったという裏話があったのも笑える!次の巻きを楽しみにしています。
Posted by Kumi at 2009年02月11日 08:07
助けたのは佐良浜の漁民です。
Posted by ガバヒゲ at 2009年02月11日 12:44
前幸地さん
どもども、前幸地さま、相変わらず鼻がききますね。
お知らせせねばと思っていた矢先です。
博愛美談は咲き薫りすぎて、これからがどんどん山場です。
よろしくお願い致します。

kumiさん
ありがとうございます。人食いって資料にはっきり書いてあるんですよ。恐るべし。次は引用もたくさんしますね。お楽しみに。

ガバヒゲさん
なんだか諸説あるようですね。これ、資料とかあったら、教えていただけますか?気になる…。
Posted by 宮国優子 at 2009年02月13日 07:46
その昔、宮古高校3年6組で、”烏龍”と呼ばれていました。小禄です(今は結婚して、マキャン性)。
優子さん、もの凄い頑張ってますね。すごい!
カリフォルニアの青い空の下、応援しています。
Posted by 烏龍 at 2010年01月12日 02:21
おーーーーーーーーー!
今日、久しぶりにK間Y美子とT良Kみちゃんに会いました。
それで、あなたのことを思い出していました!!!
一年のとき、クラスだったんだよね〜、みんな。

メールくださいな!トップ画面に私のブログがありますので、
そこからどうぞーー!
http://miyako3892.ti-da.net/

噂にはロスにいるってことを十年前に聞いて、それから音信不通だったので、
みんなで同窓会でもやりましょう!!
Posted by 宮国優子 at 2010年01月15日 08:24
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