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2009年03月17日

宮国優子の「思えば宮古」 第弐號

宮国優子の「思えば宮古」 第弐號
お待たせいたしました!先月の初回掲載から早くも大反響!博愛美談を縦糸に、現代宮古を横糸に、めくるめく宮古の歴史絵巻を紡ぎだす、さいが族酋長の宮国優子がお届けする、『思えば宮古~あららがま パラダイス コラム~』第弐號、お楽しみ下さい!

※     ※     ※

『博愛は美談 ~宮古とドイツ・未知との遭遇~』 巻の弐

このコラムを始めたら、いやいや、情報がたくさん寄せられました。たんでぃがーたんでぃ(ありがとうございます)。これからもますます集まりそうな予感です・・・。資料館でも開くかなー。誰が来たいのかわかりませんが・・・。
宮国優子の「思えば宮古」 第弐號いきなりですが、ここでこれから書こうとする事をまとめてみたい。
このロベルトソン号座礁事件は大きく5つのタームに分かれます。

 1、発生当時
 2、ドイツ皇帝から石碑、他を贈られる。
 3、県から派遣された人が趣味で石碑を見つける
 4、昭和になってまた再考される
 5、ドイツ村建設

ここから何が読み取れるかというと、宮古人の気質なのだよ・・・。間が空いているところもあれば、数年でガンガン進むところもある。
この起承転結の無さ。何事にも同じリズムで進むことが難しいのも、時代の波の乗ろうという前のめりの姿勢も、今の宮古島に反映している気がしてならない。
いや、この原稿に追われている自分のことを言っているわけではありません。

宮国優子の「思えば宮古」 第弐號資料をひもとくと、私がうすら覚えている話よりも、更にドラマティックだったらしいという事がわかる。宮古・ドイツ交流絵巻というのでしょうか。大河ドラマ並みです。
そして、当時の宮古のいわゆる公職と農民の相違点がわかったりして興味深い。明治時代とはいえ、ちゃんと宮古の役所(琉球王府直轄)、日本と連携して機能しているのです。一大事があった時の命令系統がしっかりしている。
しかし、宮古の役人は琉球王府の許可も待たず、ドイツ人に官船を出すあたり、一足飛びな行動も。君ら大丈夫か・・・とこっちが心配になるさいが。

「雨後役人や島民の暖かい介護を受けて、遭難者たちは月日を過ごしていたが懐郷の念にかられて食欲も減退し、健康もすぐれぬようになった。古老の話によると彼等の憂鬱になるのを心配して時には島の踊りをやってなぐさめたりしたと云う」
(上野村誌 1958年版)

「目の前にいる落ち込んだ人を見捨てておけない」と、クイチャーを踊りつつ、上にたてつくことになりそうでも行動する宮古人たち。
遭難者であるドイツ人たちと、まったく言葉が通じないあたり、たぶん、解釈が自分たち本意だったのでしょう・・・。
確かに「自分たちが見知らぬ土地で難破したら・・・」と考えただけで、相手の気持ちに寄り添うはず。だっいっず気持ちはわかる!
宮国優子の「思えば宮古」 第弐號でも、さすがにそれは宮古人だけではできない。
琉球王府から派遣された親雲上(沖縄本島出身者 ※1)が決断を下しているようだ。
後にドイツ皇帝から送られた石碑にも親雲上たちは太平山(タイピンザン:宮古島)在勤として、外務省役人、琉球政府通訳の次に五人の名前が記されている。

ここに私は今の宮古の共通点もかいまみたりする。
沖縄本島から宮古に異動した人は、宮古の人より宮古の人っぽい人が多くないですか?
彼らはイントネーションが違うので、明らかにわかるのだが、気質が来島当時よりどんどん熱くなるというか・・・。
そんな人に会う度に疑問に思っていたけど、了解しました。島に馴染むと、自由奔放になるのですね。感情のままに生きるのですね。

まぁ、違った見方が出来なくもない。
琉球王府直轄の役人(親雲上)はそれだけ自由な権限があったのか?
いや、それは無さそうだ。遭難者たちは三十四日間、滞在している。当時、宮古から琉球王府に伝達の使徒を出したとしても、台風の時期なので、そう何度も行けない。
実際、遠いですしね。だって340kmですよ。東京、名古屋間より遠いです。
一度は宮古から相談しに行って、ラチがあかない所から、長期的になると推測したのであろう。親雲上らは許可を待たず、独断で官船を差し出す。

そして「池間村船大工等のクリ舟2隻を水先案内人として、出帆、午後二時頃、帆影が見えなくなった」
(平良市史 1979年)と、なんとも手厚いのである。
そして後日、ドイツ人、日本の外務省、琉球政府の使徒が感謝の意を述べに来た時、

「右の如き難民救助のことは國役として当然の事をしたに過ぎない。然るに遠國より態々来航せられては誠にご丁寧な事である」(日独交通資料 1935年)

と、琉球王府の板倉親雲上が語っているところを見ると、その独断もなんとかセーフだったんだろう。
私は当時の上里、川平、玉寄、松川親雲上らがその後、本島に戻り、出世したかどうかが気になります。
いや、すでに宮古に派遣された時点で左遷かも。今の転勤とはわけが違う。
宮国優子の「思えば宮古」 第弐號あぁ、またもやお時間が来て参りました。
すでに最初に述べた1、発生当時すらまともに終えてません。
次回は「本当は誰が助けたのか!上野vs池間民族」を明らかにしたいと思います。いやいや、個人的な妄想ですけど・・・。

※1 親雲上(ペークミー) by Wikipedia 琉球の位階
琉球の士族は、一般に親雲上(ペーチン)と呼ばれたが、その中でも采地を賜ったもの、すなわち地頭職にあるものは親雲上(ペークミー)と発音して区別された。古くは「大やくもい」と称し、役職に就いた者を指していたようである。「もい」とは一種の敬称である。それゆえ、親雲上とは「大やくもい」の当て字であると言われている。
親雲上(ペークミー)も世襲ではなく、努力次第でなることができた。さらに功績を積めば、親方位に昇格した。なお采地ではなく、名島(采地の名のみ)を賜った場合はペーチンを称した。黄冠を戴き、銀簪を差した。

※     ※     ※


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(文:宮国優子 写真+編集:モリヤダイスケ)





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Posted by あんちーかんちー編集室 at 09:00│Comments(0)思えば宮古
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